(9) Cogito, ergo sum
まず、ルネ・デカルト(René Descartes、1596-1650)が確立したかったものは、近世合理主義の理想の一つとされる数学の構想に他ならない。それは、あらゆる知識を厳密な学問の場に移し変えたいとする理想とも言えた。
デカルトは、疑い得る全てを、更に疑うことを己に課した。「方法的懐疑(Doute méthodique)」とよばれる、デカルト哲学における基本的態度に他ならない。デカルトはスコラ学の学究でもあった。しかし、其処に内在する不確実なものを一掃することが、彼自身の課題でもあった。だが勿論、この懐疑は「疑うために疑う」という、不決断を良しとする懐疑論者のそれとは違い、不動の真理を獲得するという目的のための懐疑であった。
「我思う、故に我在り(Je pense, donc je suis)」。ラテン語で「Cogito,ergo sum」。
このデカルト哲学の根本原理は、一つの認識によって成立する。その認識とは、「明晰判明(Clair et distinct)」が齎すものである。
「明晰判明」について、簡単に説明しよう。形式論理学では、外延が明らかな概念を「明晰」、内包が明らかな概念を「判明」とよぶ。「明晰(Clair)」は「曖昧(Obscur)」に対する概念であり、「判明(Distinct)」は「混同(Confusion)」に対する概念である。そして、この二つの概念は、次のような関係を持つ。「判明」でなくて「明晰」なものは在る、しかし、「明晰」でなくて「判明」なものは無い。
ここで、「論理学の徒」が陥りやすい過ちを避けなければなるまい。「Cogito,ergo sum」。………「故に」、の語があるため(ラテン語でergo、フランス語でdonc)、この命題は、いかにも大前提が省略された三段論法のように見えるが、そうではなく、「我思う」に即して「我在り」が直感的に把握されることを表明したものである。この考え方は、すでに教父神学の完成者・聖アウグスチヌスにおいてみられたものであり、この教父神学からスコラ哲学に導入された考え方を、デカルトは継承している。
ベルンハルト・ボルツァーノ(Bernhard Bolzano、1781-1848)は、「思惟(Pensée)」と「存在(atre)」を明示した、この有名な命題の意味を、次のように説明している。「存在する私が思惟するのではなく、思惟する私が存在する」。言い換えれば、まさしく、思惟が存在を確認せしめるということである。
因みに、ボルツァーノは、やがて反カント主義を明確にしたことにより、カントに支配された「日本哲学界の流れ」の中で馴染みの薄い人物となっている。だがヨーロッパ大陸では、このボヘミア出身の哲学者は、デカルトに劣らぬ数学者でもあることが知られている。「ボルツァーノ=ワイアシュトラウスの定理」は、数学界に遺した大きな業績のひとつである。彼は司祭職を完うし、優れた教育者としても知られている。
デカルトは、冒頭に記したように、あらゆる知識を厳密な学問の場に移し変えたいとする強い理念を持っていた。それは究極において、完全性を有する神の存在に結びついた。
今、要点を、ここでの問題に絞ってみよう。たしかに、全てに疑いを持つことから発してはいる。しかし、その懐疑を超えた拡がりが、デカルトの命題には確かなこととして存在する。
例えば、デカルトには「神の存在証明の三つの試み」が認められる。その一つである「存在論的証明」が、近世的自我主体という一種の「超越的な虚焦点」として、見えざる神との交接を意味づけている。
さて、その先に、私は現代を代表する一人の人物にたどり着く。勿論、私だけではなく、こういう人達はそれなりの数を占めているが………。「神を語らず、しかし、神の存在を思惟する」ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインである。
- 編集日時:2012/4/9 17:04:22
- 回答日時:2012/4/9 00:09:49
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