2012年5月21日月曜日


 (11) 哲学専従者のための「数学史」 「論理学史」 

「Mathematical Thought」の著者、E・W・ベートは、その序論に、次のようなことを記している。

・・・・・・・・・「古代から、数学は、哲学者の注意をひきつけてきた。いかなる古典哲学も、人間精神の活動性のこの分野との関係を考えない限りは、完全なものとは見做されなかった」。

例えば、オクスフォード大学の数学科は、二つに分かれている。一つは純粋に数学だけを学ぶ学科、もう一つは哲学も併せて学ぶ学科の二つである。つまり、数学者は必ずしも哲学の勉強を必要とはしない。しかし、E・W・ベート教授の言葉のように、今日、哲学者は数学の学習を必要とする、ということが、オクスフォード大学の例でも読み取れる。

二番目の回答者さんが記されたように、ゲーデルの世界は「数学から超数学へ」の、いわば証明の世界です。「Gödel's Proof」への挑戦は、将来のこととして、まずは歴史に親しみましょう。

(1)「解析学の歴史」U・ボタチーニ著、(現代数学社出版)
副タイトルは、「オイラーからワイアストラスへ」。特に第3章「厳密性への新しい傾向」に、アーベル、コーシー、デデキントなどの優れた数学者の偉業が記述されている。興味深いのは、この章に、ベルンハルト・ボルツァーノ(Bernhardt Bolzano)の詳述があることです。「ボルツァーノ=ワイアストラスの定理」で有名な、この数学者は、哲学者としても高名であり、後世のフッサールがボルツァーノから多大の影響を受けたことを語っている。19世紀後半から20世紀にかけて飛躍的な進歩を見せた論理学は、中世を境として、この現代までの約300年を停滞のうちに放棄されていた。今日の論理学(数理論理学)への継承となるべき命題論理学への道筋は、このボルツァーノによって維持されていました。

(2)「The Development of Logic」W・Kneale&M・Kneale著、(Oxford Press出版)
哲学専従者として、「哲学史」、「数学史」とともに、「論理学史」は必修科目だと僕は思っています。日本の学生は、こうした専門的分野での歴史について、疎いばかりでなく、一般的な世界史そのものについてさえ、きちんとした学習がなされていません。
ここに紹介した「論理学史」の書籍は、恐らく翻訳は出版されていないと思います。
しかし、外国語による学習において、専門用語の世界(つまり専門図書のこと)は、学生たちにとっては読解しやすい世界だと思います。約770ページに及ぶ大冊。例えば、中世論理学では、アベラールの業績、また、大学草創期における論理学の展開。ルネサンス期の論理学では、ライプニッツ、ボルツァーノの詳述があり、しかもフレーゲ以降も、僅かな漏れもなく行き渡った論述があります。
この論理学の歴史についても、日本の学生は十分な授業を受けているとは言えないでしょう。

毎日少しづつでも読んでみてくさい。非常に興味深い書籍です。

(補足)
↓twesgiさんのお薦め「論理学史」(山下正男著・岩波全書)は、実にいい本ですね。特に中世終了時、近世から現代にかけての歴史的な欠落を見事に説明補正しています。


  • 編集日時:2012/5/9 01:58:23
  • 回答日時:2012/5/7 00:24:21

(10) ブレーズ・パスカル と ジュリアン・グリーン

ジュリアン・グリーンの数多い小説作品の中に、比較的短い中篇小説「L'Autre Sommeil(もう一つの眠り)」があります。この作品のタイトルは、パスカルの著作からとっており、また作者は、この小説のエピグラフとして、「Pensées(パンセ)No.434」の一節を引用しています。

質問で書かれている「現実、そして夢」が、パンセでは「目覚めている時、そして眠っている時」として語られています。
Blaise Pascalの著作として、多くの数学論文、物理学論文、エッセイなどがありますが、この「パンセ」は異色の哲学的著作といえるでしょう。だが、二行、三行という短文の多い、アフォリズムの集積で成り立つ「パンセ」の中で、このNo.434は、100行以上に及ぶ長い文脈で綴られています。

J・グリーンが小説のエピグラフとして用いた、パスカルの文章は、次のものです。

・・・・・・・・・我々が目覚めていると思っている人生の他の半分も、最初の眠りといささか異なった、もう一つの眠りではないだろうか? そして、我々が眠っていると思う時、我々は、このもう一つの眠りから目覚めているのではなかろうか?


Julien Greenは、20代から数多い作品を発表しているが、この「L'Autre Sommeil(もう一つの眠り)」は、31才のときの作品です。彼が現代フランス文学史に残した業績は、今でも光を放っています。

例えば、「Le Visionnaire(幻を追う人)」、「Minuit(真夜中)」、「Varouna(ヴァルーナ)」などの優れた小説作品のほか、自伝的エッセイ「Partir avant le jour(夜明け前の出発)」、そして、イギリス作家論「Suite Anglaise(イギリス組曲)」などがあります。


上記の、パスカルの「パンセNo434」の思索に満ちた文章、また、J・グリーンの作品も、質問者さん、あなたの興味を誘うだろうと想像します。読む人の想念に拡がりを添え、思惟の奥行きを確かめさせてくれるに違いない、と僕は思います。

  • 編集日時:2012/4/23 01:02:14
  • 回答日時:2012/4/20 03:41:28

 (9) Cogito, ergo sum

まず、ルネ・デカルト(René Descartes、1596-1650)が確立したかったものは、近世合理主義の理想の一つとされる数学の構想に他ならない。それは、あらゆる知識を厳密な学問の場に移し変えたいとする理想とも言えた。
デカルトは、疑い得る全てを、更に疑うことを己に課した。「方法的懐疑(Doute méthodique)」とよばれる、デカルト哲学における基本的態度に他ならない。デカルトはスコラ学の学究でもあった。しかし、其処に内在する不確実なものを一掃することが、彼自身の課題でもあった。だが勿論、この懐疑は「疑うために疑う」という、不決断を良しとする懐疑論者のそれとは違い、不動の真理を獲得するという目的のための懐疑であった。

「我思う、故に我在り(Je pense, donc je suis)」。ラテン語で「Cogito,ergo sum」。
このデカルト哲学の根本原理は、一つの認識によって成立する。その認識とは、「明晰判明(Clair et distinct)」が齎すものである。
「明晰判明」について、簡単に説明しよう。形式論理学では、外延が明らかな概念を「明晰」、内包が明らかな概念を「判明」とよぶ。「明晰(Clair)」は「曖昧(Obscur)」に対する概念であり、「判明(Distinct)」は「混同(Confusion)」に対する概念である。そして、この二つの概念は、次のような関係を持つ。「判明」でなくて「明晰」なものは在る、しかし、「明晰」でなくて「判明」なものは無い。

ここで、「論理学の徒」が陥りやすい過ちを避けなければなるまい。「Cogito,ergo sum」。………「故に」、の語があるため(ラテン語でergo、フランス語でdonc)、この命題は、いかにも大前提が省略された三段論法のように見えるが、そうではなく、「我思う」に即して「我在り」が直感的に把握されることを表明したものである。この考え方は、すでに教父神学の完成者・聖アウグスチヌスにおいてみられたものであり、この教父神学からスコラ哲学に導入された考え方を、デカルトは継承している。

ベルンハルト・ボルツァーノ(Bernhard Bolzano、1781-1848)は、「思惟(Pensée)」と「存在(atre)」を明示した、この有名な命題の意味を、次のように説明している。「存在する私が思惟するのではなく、思惟する私が存在する」。言い換えれば、まさしく、思惟が存在を確認せしめるということである。
因みに、ボルツァーノは、やがて反カント主義を明確にしたことにより、カントに支配された「日本哲学界の流れ」の中で馴染みの薄い人物となっている。だがヨーロッパ大陸では、このボヘミア出身の哲学者は、デカルトに劣らぬ数学者でもあることが知られている。「ボルツァーノ=ワイアシュトラウスの定理」は、数学界に遺した大きな業績のひとつである。彼は司祭職を完うし、優れた教育者としても知られている。

デカルトは、冒頭に記したように、あらゆる知識を厳密な学問の場に移し変えたいとする強い理念を持っていた。それは究極において、完全性を有する神の存在に結びついた。

今、要点を、ここでの問題に絞ってみよう。たしかに、全てに疑いを持つことから発してはいる。しかし、その懐疑を超えた拡がりが、デカルトの命題には確かなこととして存在する。
例えば、デカルトには「神の存在証明の三つの試み」が認められる。その一つである「存在論的証明」が、近世的自我主体という一種の「超越的な虚焦点」として、見えざる神との交接を意味づけている。


さて、その先に、私は現代を代表する一人の人物にたどり着く。勿論、私だけではなく、こういう人達はそれなりの数を占めているが………。「神を語らず、しかし、神の存在を思惟する」ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインである。


  • 編集日時:2012/4/9 17:04:22
  • 回答日時:2012/4/9 00:09:49

 (8) 聖トマス・アキナスの教説

聖トマス・アキナス教説の総体は、カトリック教会が全面的に肯定しています。
結論の理解のため、僕は「スコラ学」盛期に到るまでの推移と、その後の流れの概説を試みたいと思います。

最初の教父として、即ち、キリスト教神学の父として、聖アウグスチヌスが考えられる一般論に対して、一つの付言を記したいと思う。つまり、イエスの死後、しばらく続いたヘブライズム的キリスト教を、「世界の宗教」へと展開させた聖パウロこそが最初の学者であり、彼が書き送った数多い書簡によって、キリスト教神学の基礎を築いた人物と見做すこと、………「十字架と復活」を通して、鮮明な具体化を顕現したイエスの事跡に基き、「世界宗教」への進展を成し遂げた人物であること、に対する認知に他ならない。

聖アウグスチヌスの数多い業績は、ここでは省略しよう。何よりも「新プラトン主義」の影響の下に、キリスト教とヘレニズム文化との統一を図った事実を重視したい。だが、聖アウグスチヌスはアリストテレスへの思念をも併せて持ち続けていた。彼のこうした態度は、聖アンセルムスに少なからぬ影響を与えていた。

聖アンセルムスの「Credo ut inteligam(知るために信ずる)」について言及しよう。ここには、「信仰」と「知得」という対立概念の意図的な語用が認められる。これを「主意的立場」と「主知的立場」に置き換えることは可能だろう。「主意的立場」を鮮明にした聖アンセルムスは、しかし、別のところで「知得のために信仰を怠ることの傲慢さ」を唱えつつも、「信仰のために知得を怠ることの怠慢さ」を戒めることを忘れなかった。

ピエール・アベラール(ラテン名、ペトルス・アベラルドゥス)こそが、スコラ盛期への礎を築いた人物である。その事実は、すでにスコラ学の推移の中で認められている。また、今日の現代論理学への道程を用意した人物と言っても過言ではない。………ヨーロッパ近世以降の閉塞した論理学体系が、本来命題論理学が持つ「双対性の美しさ」を消失させてしまった事実は、例えば後世のベルンハルト・ボルツァーノの指摘などによって知ることができる。
しかし、かの頑迷で有名な教会人、「主知を嫌い、主意だけにこだわった人」クレルボーのベルナールからの激しい攻撃に晒された記録が残っている。幾世紀を経た今日、アベラールの悲劇は数多い書籍で語られている。

聖トマス・アキナスは、優れた先人(聖アウグスチヌス)に倣って、プラトンへの思念も決して疎かにはしなかった。だが、P・アベラールによってほぼ完成された「論理と弁証法」を受け継いだことも一つの事実である。形としては、聖アンセルムスと反対の立場を強調することになった。つまり、主意的立場の聖アンセルムスに対して、主知的立場の聖トマス・アキナスである。

聖アンセルムスにしても、聖トマス・アキナスにしても、二つの立場のうちの一方に強く固執したわけではない。しかし、こうした色分けが齎す弊害は常に大きな事態を招いている。例えば、創立の趣旨からして「主意的立場」の強い聖フランシスコ修道会は、長年に亘って、このスコラ学、その完成者・聖トマス・アキナス、そしてアリストテレスをも批判し続けていた。

興味深い例は、20世紀、バートランド・ラッセルによる批判である。ラッセルは彼の著書「西洋哲学史」(History of Western Philosophy)の中で、次のように述べている。………「トマスが信仰から出発する限り、彼の哲学の結論はあらかじめわかっている。とすれば、そこには厳密な意味で哲学と呼ぶに値するものは何も無い」。
このラッセルに対して、当然、「ネオ・トミズム(新トマス主義)」の哲学者たちからの周到な反論はある。それについては「別質問への回答」に記述する予定でいる。
「興味深い例」と僕が記した理由は、「スコラ盛期」に与って力となった、もう一人の主知主義者・アベラールに対してラッセルが理解を示していることにある。論理実証主義者として、彼は、同じ主知主義者への親近感を抱いたのかもしれない。だが、ピエール・アベラールは、聖トマスと同様に信心深く、それを知らない人は一人もいない。エロイーズとの往復書簡に溢れる純粋さと強い信仰は、多くの史家たちに霊感を与えている。例えば新トミストのエチエンヌ・ジルソンがその一人である。


ところで、今日に到るまで、「ヴァチカン」は、聖トマス・アキナスの教説に一度の批判も加えていない。
●1879年、ローマ教皇レオ13世(在任期間 1878-1903)は回勅「Aeterni Patris(エテルニ・パトリス)」を出し、聖トマス教説を賞賛した。
●次の教皇、聖ピウス10世(在任期間1903-1914)は自ら公認した「24命題」に、聖トマス・アキナス教説の全ての公認を含ませた。

[参考]
回勅(Encyclical)とは、教皇が全世界の司教に宛てて送る文書のこと。


*スコラ学盛期以降、今日の状況については、別質問に対する回答で記述します。


  • 編集日時:2012/3/20 18:15:25
  • 回答日時:2012/3/19 02:45:46