(2) 小学生が理解できる哲学の言葉
質問者は、「子供たちが先を争って、奪い合いをするケース」を外している。その意図についての哲学的な考察は、興味深い課題を含んでいる。だが、この考察は、興味深ければ深いほど、その探索に莫大な紙面を要するので、ここでは省略したい。
質問者が想定する場面を、今日、普遍的な状況として考えることは可能である。つまり、この普遍性は、Culturiseされた、(栽培された、つまり、文化的)状況を提示している。その状況は、「親の教えに基く」あるいは「幼稚園、小学校での指導に基く」状況、即ち、「社会への適応性」を最善とする教育を、早々と幼児たちに当てはめた、一つの文化的状況と観て差しつかえない。
そこで、上記の問題で、あらゆる状況を包含した回答を探すとすれば、かなりの困難に遭遇するだろう。
哲学者・ルトヴィヒ・ヴィトゲンシュタインは哲学の役割を、次のように述べている。・・・・・・・・・それは、ハエとり壺にはまったハエに、出口を教えてあげることだ。
これは、小学生にも理解できる言葉と言えるだろう。そして、この言葉は、哲学が、長い人類歴史のなかで、曖昧で晦渋な世界の代名詞であるかのように語り継がれてきた虚偽、を覆すに違いない。
- 回答日時:2011/11/15 00:12:03
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