2012年5月21日月曜日


 (7) アンリ・ベルクソンの、一つのプロフィル

アンリ・ベルクソンについて、次のように語られた話が残っています。評論家ジャンヌ・ユスタッシュの人物評です。
………「異教徒の許で、ベルクソンはカトリック教会の外部から、主イエスへの道を準備しつつ、自身はそれと気付かずに≪洗者・聖ヨハネ≫の使命を継続していた」。

優れた哲学者で詩人のシャルル・ペギー、同じくネオ・トミズム(新トマス・アキナス主義)の偉業を哲学会に残したジャック・マリタン、哲学者、教育家として著名なライサ・マリタン(ジャックの妻)たちです。彼等の多くは、当時、ソルボンヌの閉塞した風潮………、例えば、唯物史観に基く科学万能主義、等々………、に絶望して、コレージュ・ド・フランスで講座を持つベルクソンの教室に集まってきました。また、マリタン夫人のエッセイを読めば、ベルクソンの講義はあまりにも有名で、パリの上流婦人たちも多く出席していたとのことでした。もちろん、社交的会合ではありません。ベルクソンの端的な表現、一切の無駄を嫌う哲学的言語は、カルチェ・ラタン(学びの街)を風靡していたとさえ言えるでしょう。

だが、彼の影響を最も強く受けた学究たちは、先記したシャルル・ペギーをはじめとする、「キリスト教実存哲学」の人々でした。例えば、ガブリエル・マルセルは、フランスでのみならず、この世界で実存哲学をその名称どおりに明言した最初の人物でした。このガブリエル・マルセルは、「存在の秘義」のような、哲学的著作ばかりでなく、劇作家としても、フランス文学史上に輝いています。

ところで、冒頭に「………異教徒の許で………」の評言を記したが、その意味は、殆んど国教に近いカトリックのフランスで、彼はユダヤ人としての教えに従っていました。しかし、彼の瞑想生活を通して、晩年の20年は殆んどカトリックの生活でした。彼はナチ・ドイツがフランスを占領してまもなく世を去りました。だが、彼の眼には、やがて迫害を受けていくであろう同胞たち(ユダヤ人)の姿が見えていました。同胞たちの勇気をくじけさせないために、彼はキリスト教の洗礼を受けず、ユダヤ人として死にました。

しかし、彼は次のような遺言状を残していた。
「カトリックの司祭が私の葬儀に来られて、祈りを唱えてくださることを望んでいます。カトリシズムへの私の精神的帰依は、ユダヤの僧たちには勿論、誰にも隠す事のないようにしてください」。

遺言どおりに、カトリックの司祭たち(彼等はベルクソンの友人でもあった)が祈りを唱え、ベルクソンの遺言状は公表された。

この時期、つまり20世紀の初め頃、多くのプロテスタントたちからの改宗者(ポール・クローデル、ジャック・マリタン、フランシス・ジャム等々)のうねりのような波は、今日でも様々に語られている。その中で、ガブリエル・マルセルは、最もベルクソンの影響を受けた人物であるが、彼のカトリック入信は、偉大な文学者・フランソワ・モーリアックとの交際を通してだった。



質問者さん、あなたの希望が「どういう人物ですか?」ということなので、ヨーロッパでは、あまりにも有名なベルクソン教授とその輝かしい交友関係を中心に回答しました。

「ベルクソン哲学」についての詳細、および、その影響に基く「キリスト教実存哲学」については、改めて質問があれば、できるだけ詳しく回答したいと思っています。


  • 編集日時:2012/3/2 17:50:11
  • 回答日時:2012/3/2 17:36:06

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